環境アセスメント学会 生態系研究部会 第3回定例会 報告
著作者(文責) 田中章
著作期日 2004.03.05
掲載の可否 転載可
○日時:2003年12月1日(月)18:00~20:00
○場所:武蔵工業大学環境情報学部3号館5階YCホール
○話題提供者:国土交通省河川局河川環境課 課長補佐 宮武晃司氏
○参加者:約40名
○内容:「川の自然再生の取組について」(添付資料(レジメ)参照)
田中章先生より、今回の定例会の趣旨説明(国土交通省の自然再生事業の取組についての紹介)があり、続いて宮武課長補佐のお話しが始まった。
<宮武課長補佐の講演概略>
大きく分けて、①再生の進め方、②川の環境をどう評価するか、という視点でお話しがあった。
・はじめに
自然再生事業は、平成14年度から始まったばかりであり、国土交通省河川局にとって環境を主目的とした初めての事業である(今までは、治水・利水事業を実施する隙に環境への影響を回避・低減するというレベルの取組であった)。
・河川環境政策の変遷
河川環境の政策としては、1958年には公害問題の対応のために水質調査の実施、1965年には東京オリンピック開催を反映して国民の体力づくりに活用されるオープンスペースの確保を目的とした河川敷地占有許可準則の制定の実施などが手始めであった。これ以降、環境面では、人が川とどう親しむかという考えで対処してきた(このほか、環境関連の法律や環境庁もできた)。
1981年には河川環境のあり方について河川審議会の答申があり、1982年には準則の改定、「ふるさとの川モデル事業」、河川環境整備事業などが実施されたが、まだ生物が主たる対象ではなかった。
1990年には生物の生息を考えた河川管理を行う事業として、多自然型川づくりの推進、魚がのぼりやすい川づくりなどが実施され、やっと生物が対象とされるようになった。また、河川水辺の国勢調査などが実施されるようにもなった。
1997年には、河川法の改正があり、法律の目的に環境が入ってきた。これを受けて、2002年には自然再生事業が創設され、24河川で実施されている。その際、自然が損なわれた原因について、これを克服するための対策に仮説をたて、事前予測と段階的実施を前提とした計画づくりを行い、慎重に進められている。ほぼ2年間実施してきたが、今の段階ではほとんどが試行的なものである。
・なぜ自然再生が必要か
風水害の死傷者は、1965年からの40年間で指数関数的に下がっている(但し、近年は都市水害が目立ってきている)。これら治水のための政策として、当時、効率を重視した河川管理の視点から河川の直線化が図られ、これによって貧弱な河川環境となり始めた。
経済成長が安定した現在、河川環境への国民の関心が高まり、ニーズが多様化し、治水も維持しつつ、環境も保全することが望まれるようになってきた。
そのため、効率性重視の治水から、時間と土地を川の為に確保するなど、河川環境を維持・再生して行くこととした。
これまでの河川環境の取り組みはまず“点の取組”として、三面張りの河川を自然豊かな河川へ再生するため、治水事業にあわせて両岸を覆っている鋼矢板を取り外し、自然の護岸へと変更するような“タイプⅠ”の取組(例:神奈川県の和泉川)が実施された。この場合、環境を考え土地を広く確保し、治水対策だけなら移転しなくても良い人にも移転して頂いた。数年後には周辺環境になじんだ川となった。
続いて、全国に2,000カ所もある機能していない魚道を何とかするための「魚がのぼりやすい川づくり」つまり堰などに魚道を設置・改善する施策が進められた。例えば、北海道の漁川では、サケを上流まであがらせて自然産卵させるため、落差2mある堰堤に階段魚道を設けた。これは、老朽化した河川工作物の補修に併せて実施したものである。このように、“点”から“線”につながる“タイプⅡ”の取組を実施した。
これらの取組を実施してきた成果として、一級河川109水系の緑の国勢調査において、環境影響を受けやすい魚種26種の淡水魚(沖縄を除くと25種)の出現状況の推移を見ると、魚種が多少回復してきたことが判った。このような結果から、多自然型護岸や魚がのぼりやすい川づくりなどという局所的な改善の成果が出てきたと言える。但し、70年代から90年代、さらには2001年まで実施してきた河川の自然環境への取組は、治水のついでに実施してきた感が否めない。また、点や線というタイプⅠおよびタイプⅡと言う取組では、環境の回復に限界があることも判ってきた。
そのため、新たなタイプとして、国民のニーズ・社会的背景を受け“自然再生”を行うこととした。自然再生はタイプⅠおよびⅡよりも進んだもので、経年的・季節的に変化する水や土砂・栄養塩などの変化を重視して、またそのシステムを、流域として面的に捉えるものである。例えば、多摩川では、洪水後に市民とともに川の中を歩き、何が変わったかを見ることも実施しており、河川の形状や景観がガラッと変わるという自然の攪乱があることや、シードバンクとしての機能(元々あった植生と変わってしまうなど)についても理解している。 この自然再生事業はタイプⅢの取組として、河川環境の保全を目的とし、自然の復元力を活かしておこなう21世紀型の公共事業であり、3つのポイントがあげられる。
① 流域の観点から計画を策定する
② 適応的・段階的な事業の実施(アダプティブ・マネジメントの考え方の導入)
③ NPOなどと計画段階からの連携
自然再生事業は、何か手を加えたらうまくいくというものではない。川には復元力がある。多少の工作物(例:ワンドの造成など)の設置では影響は少ないが、堰の設置・護岸の整備などの人為的制約を川に加えたことにより、自然の力だけでは元の環境に戻れなくなった状況についてその制約を可能な限り取り除いて行く、という場合に自然再生事業を実施する。その際、人が生活し、防災や経済活動を守るという社会的制約の中で、少しでも自然がよみがえるように事業を行うことが重要である。
・目標設定
短時間に環境変化が起きているような場合、なぜその問題が起きているかを考えて再生事業を実施する必要がある。その際、川の履歴、すなわち川や流域の変遷・歴史を考えることが重要である。
例えば、下流の問題については、上流での開発などの上流の原因で考えることができる。問題の抽出と課題の絞り込みが重要である。その際、過去のデータが残っていないなどの理由で、仮説が立てにくい場合があり、当てずっぽうな計画となりやすい。そこで、過去のデータに限らず、古文書や地域史、昔の写真などが参考となる場合がある。また、長老会へのヒアリングの実施も有効である。但し、不確定な要素がある場合はそのことを明記して誰にでも分かるように扱わねばならない。
これらを基に、現在の課題とその原因について仮説を立てることが必要である。また、仮説を検証して計画を作る際には、具体的な目標設定を行うことが重要である。目標を設定する際には、漠としたものではなく、川幅、水質、冠水頻度など河川特性と裸地面積、淵の深さなどの生息・生育環境という物理指標と、代表的な生物群集などの生物指標などを環境目標とするが、管理指標としては検証の可能な物理指標とし、これをモニタリング指標としたい。河川特性という目標ではスケールが大きすぎるため、比較的ハビタットスケールに近い容易な物理環境とプラス生物指標の両方をうまく使って行くことが必要である。これによって、川の健康状態を計り、ハビタット(生物生息環境)を考えて行きたい。但し、いくつかの物理指標で川の状況の全てを表現できるわけではなく、モニタリング結果からうまく行っていない場合は何が問題となっているかを検証し、計画の修正や、目標の修正などを行うアダプティブ・マネジメントを行うことが重要である。
・治水機能の維持・向上のために
河川環境の保全と整備は、治水対策とも不可分の取組である。例えば、年間最大流量の平均値が管理指標となる。これまでの事業は、水が流れやすいようにするために河道の掘削を行った結果、場合によっては器を大きくしすぎてしまい、河川敷などの氾濫域の攪乱が減少した。また、砂利採取に伴う河床低下により、一時的な治水機能が向上しても長期的には高水敷が安定化して樹林化してしまい、結果として流下能力が低下してしまうことになった。以前の砂礫河原を再生するためには、樹林化しつつある高水敷を切り下げたり、川床の低下を防止するなどの対策を行うことで、長期的な治水機能を維持することが可能である。樹林地を伐採し外力に見合った河川とし、氾濫域に攪乱を起こし、治水能力も確保する必要がある。
つまり河道という器と増水という外力がバランスしていることが重要であり、一時的な河川の姿で治水機能や河川環境を評価するのではなく、長期的な予測を踏まえながら河川管理を行うことが重要である。
・事例
(1)釧路川(北海道)
下流の問題を河川全体で考えている。釧路湿原は日本最大の湿原として有名であるが、牧草地などの農地開発や治水対策などに伴い、一部でヨシ・スゲ群落が減少して乾燥化が進み、高木が増えてきた。問題は、自然遷移の何千倍のスピードで環境が変化していること。
ラムサール条約の登録湿地であることからも、湿原の保全に取り組んでいる。現在、直線化した河道を蛇行河川に復元させ、元の氾濫形態の復元及び瀬・淵の確保などを目的とする試みを行っている。また、もう一つの試みとして、流入支川の水門の敷高を嵩上げしてその上流に広がるハンノキ林を湛水する試験を行っている。
(2)鬼怒川(茨城県)
澪筋の固定化が進み、河床が深くなってきた。これまでは、網状河川となっていたが、近年澪筋が一本になってきた。出水による河川敷の攪乱もないので、樹林化が進み、適度な攪乱を必要とするカワラノギクなどの希少植物種の絶滅が危惧されている。その原因として、砂利採取や上流にダムができたことや砂防事業の実施などが考えられたが、解析の結果、砂利採取のための河道掘削の影響が大きく、これが河床の低下と一致しており、主要原因と考えられた。また、ダムの堆砂量が1,000万m3と大きくなり、これが下流に供給されないことも要因の一つと考えられた。このように、いろいろな要因が検討される中で、仮説を立て調査・検証を行って計画を作っていくことが問題の解決につながると考える。
そのためにも、以下のフローが重要と考える
(3)荒川(東京都)
元々治水を目的に作られた放水路であるが、完成後80年近く経過して自然らしい環境もできている。下流の地域では、大規模な地盤沈下に伴って高水敷が水没し、堤防の保護を目的に新たに高水敷が造成されたが、高水敷が安定化してきたため、次は何とか良好な水辺空間を取り戻そうという取り組みを実施中である。消波施設を作って低水護岸を撤去し、後は潮汐や波浪など自然の力で緩やかな水際部を作り、ヨシ原と干潟を連続化させようというものである。これによって、人間の関与が少なく、かつ、大都市の中でも自然を再生できることが示せた。
(4)円山川(兵庫県)
コウノトリの最後の生息地であり、コウノトリを野生復帰させようと地元が取り組んできた。しかし、従来のままなら放鳥しても餌がとれない環境となっているため、周辺の水田、営巣木、河川敷など、周辺の生息環境を整えなくてはコウノトリの野生復帰は実現しない。そのため、国と県が協力し、河川内の湿原の復元、河川と農業用水路や水田との生物の移動経路の確保を農業サイドと連携して進めている。
この事業では、コウノトリの野生復帰という判りやすい目標を設定し、多様な関係者が一丸となって、コウノトリだけではなくその生息に必要な環境整備を進めている点が特徴的である。
(5)松浦川(佐賀県)
以前松浦川沿いに広がっていた湿地環境を再生するために、調査・計画段階から徹底的な住民参加により、地域をどういう環境にすべきかを話し合って事業を進めている。
(6)その他
・ 淀川(大阪)では、取水堰によって水位が一定となり、攪乱がない状態である。そのため、水位を最大80cm上げる試みを行っている。これは、堰の機能を維持したままで、河川環境の再生を考えたものである。
・ 庄内川では、低水路を掘るのではなく、高水敷を掘り下げ、流下能力の確保と湿地環境を再生した。
・ 信濃川では、首都圏の鉄道運行のため、水力発電を行っているが、ダム下流域の水量が少なく問題となっていた。そこで、サケの遡上時期などには、山手線などの本数が少ない土日に発電量を減らし放水量を増大さるなどの工夫を行っている。
・ 荒川では自然再生協議会、釧路川では懇談会などが発足し、議論を進めて協議している。これらは仲良し会ではなく、様々な立場からの意見を出し合い議論をしなければ良いものができない。
・河川事業における環境影響分析手法の高度化に関する研究の例
河川環境を把握するのに、便宜上代表的な指標で捉えることが重要となる。川幅や水深などすべての河川に関する数値を指標とすることは無理なので、何らかの代表的指標で捉えることになる。
○ 事例では直線化した河川で、どういうことが起きるのかをまず把握した。その結果、直線化前後で平瀬・早瀬が増え、淵が減少したことが判った。次に、目標としてどれくらい瀬と淵があれば良いか、その質はどのようであれば良いのか、などの視点を重要視した。阿賀野川水系早出川の事例では、交互砂州とハビタットの比率を指標とした。これを200mピッチで測定し、瀬・淵の位置を入れ、面積を測り、川の健康度合いを探ることとした。
○ 河川の樹林化については、何が原因となっているのかを検討した。その結果、河川敷の冠水頻度が減ることなどによって樹林化することが判った。10年に1回の頻度の川幅と、2~3年に1回の川幅の比を一つの指標とすると、水面幅が一定なほど攪乱が少く、川幅と水深の比率が大きいほど、川が暴れる力が大きいと解釈でき、これがある程度大きくないと瀬・淵を作る力がないことも判った。また、数値が大きくなると、水際域の攪乱が大きくなる。これらを川毎に指標として設定することによって、川の健康度合いが判定できると考えられる。
○ ヨシ原の再生については、淀川の鵜殿では、河川改修や砂利掘削などにより河床が2~3m低下してきた。これにより冠水頻度が下がり、河川敷が乾燥化しヨシ原が減ってきた。そこで、これまで治水では全く使わなかった70日水位(日平均水位の上位70番目の水位)という指標で、川の健康度合いを考えようとしている。
(講演は以上)
○田中先生:
これまでのアセスメント学会生態部会の取組内容(第1回HEPのHSIモデル、第2回アセスの定量的評価の期待と展望、今回は自然再生事業)を紹介後に、質疑応答に入った。
今回講演いただいた自然再生事業は、再生だけではなく、アセスの代償ミティゲーションやビオトープなどの再生活動とも関係するものであり、従来の方法が環境配慮型に変わってきていることを示すものである。10年前までは形となっていなかったが、今は主流となってきている。国交省の取組は、大変興味深いものである。
特に今回ご紹介いただいた“土地の空間的面積を指標にする”というのは面白い。生態系からのアプローチにより、人間行為の側からの生態系と生物から見た生態系が擦り寄ってきているのが日本の現況である。今後は、生物種からハビタットへと擦り寄れるかが課題と考える。(以下、質疑応答)
Q:釧路川の再生事業であるが、蛇行させることによる影響はどうなのか?例えば、土砂が流れ出し、生態系に影響を与えるのでは?
A:悩ましい問題である。自然再生事業をやろうとすれば、良いことばかりではない。この蛇行化により、現在生息する静水域に依存する貴重種も一部いなくなり、また増水時にはこれまで溜まっていたシルトも下流に流れる。川を良くしようとしているが、全てを良くするというのは無理であり、どれを受け入れるかという問題でもある。現在3カ所で計画をしているが、本当にそれらを事業化して良いかを調べている段階である。その意味では、これはあくまでも試みであり、モニタリングによって負の影響とプラスの影響を検証して行こうというものである。標津川でも蛇行化を試みているが、シルト分の流出については土砂を取り除いてから実施しており、負の影響をはじめから予測し除外した方法である。
Q:再生事業を行うことによって、洪水化するなど、ボトルネックができる場合もあると考える。その場合、再生事業は下流からやるのか、上流からやるのか?
A:基本的には、治水面の対策は下流から行う。但し、自然再生事業は、治水の機能を損なわないことを前提条件として行うものであり “Space for river”すなわち、河川に空間を返してあげると言う考えに近いもので、なるべく川に氾濫源を戻すという自然再生を行えば、治水能力も向上すると考えている。その事業メニューによって、上下流どちらから行うのかは変わってくると思う。
Q:流域の観点から計画を策定すると言うことだが、自然再生事業に義務はないと思うが実際はどうなっているのか?
A:制度ではあるが、予算を活用しようとすれば、流域との関係が整理されていないと事業化の要求を受けつけないという河川局の方針がある。
具体的には流域を管理する者や住民などにあり、問題を投げかかることや流域に問題があることを認識して計画作成上のチェックを行うことが重要である。例えば、「流域からの土砂供給がなくなった結果、海岸浸食が激しい」などがあり、これらを計画に位置づけて行くこととなる。その他どんなものが該当するかと言えば、
・ 水の動き:下水道などを含む土地利用とも関係する。
・ 土砂の流入:源流部から出てくる土砂と、これを止める仕組みの構築
・ 栄養塩というつながり:流れてくる落ち葉、枯れ枝など
という観点から手をつけて行くなどが必要である。
Q:流域計画の策的の留意点は?
A:土地毎に異なり、洪水時の流量などとも関係する。例えば、土地利用計画に治水計画の考えがキチンと反映できないと絵に描いた餅になってしまう。荒川支流の例などでは、各地域が有する水の浸透能力をモデル化して、どこの土地を保全すれば湧水量が維持できるか、などを検討した。
Q:資格制度について;予算と事業について
A:資格制度については、行政の業務の入札資格に適用される場合もあり、今後ますます重要になると考えられる。特に資格が法律で位置づけられていることが重要である。資格を持っていることによって、実益はないかもしれないが、社会的に認知されることや、持っていると知識が広がることもある。なお、河川局内でも人材育成を検討しており、資格を取ったり、行政職員が経験レベルに応じた研修を受けたりするなど工夫を行っている。全員に対する第一ステップ、係長クラスに対する第二ステップ、2割の職員を対象に職場の先生づくりなどの第3ステップなど段階的に人材を育成する考えである。
行政側の立場として、かつてはどれだけ予算を確保したかが重要視されてきたが、今後は予算が減少して行く一方である。そのため、如何に管理費用を削減し、効率的に管理をやるか、そのために既存ストックの活用などをやって行く必要がある。
記:佐藤 光昭、日本エヌ・ユー・エス株式会社 |